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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12196号 判決

原告

西海光守

被告

桑原督治

主文

一  被告は、原告に対し、三五五万一九七三円及びうち三二三万一九七三円に対する平成四年五月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一一四〇万四〇九〇円及びうち一〇六〇万四〇九〇円に対する平成四年五月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通渋滞のため一時停止中の普通乗用自動車に普通乗用自動車が追突し、被追突車の運転者が負傷した事故に関し、右被害者が追突車の運転者兼所有者に対し、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一)日時 平成四年五月一〇日午前一時三五分ころ

(二) 場所 大阪市北区茶屋町一九番一四号付近豊崎鷲洲線路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告が所有し、かつ、運転していた晋通乗用自動車(神戸五四さ七一〇、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告が運転していた普通乗用自動車(大阪五八ろ六七二三、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 交通渋滞のため一時停止中の原告車に被告車が追突し、原告が負傷した。

2  責任原因

(一) 本件事故は、被告の前方不注視等の過失が原因であるから、被告は、民法七〇九条に基づく責任を負う(甲一五の2)。

(二) 被告は、被告車の保有者であるから、同車を自己の用に供する者として、自賠法三条に基づく責任を負う。

3  治療費

原告は、治療費として、医療法人京昭会ツヂ病院(以下「ツヂ病院」という。)分として二七万四四九五円、大阪市立城北市民病院耳鼻咽喉科(以下「城北病院」という。)分として四万七七一〇円、大阪市立大学附属病院分として一万〇三二〇円、加納病院分として三万五〇八五円を負担した。

4  損益相殺

原告は、本件事故により生じた損害に関し、被告から、治療費として一万九五三〇円、その他として五〇万円の支払いを受けた。

二  争点

1  本件事故による症状、障害の有無、程度

(原告の主張)

本件は、停止中の原告車後部に前方不注視のまま進行した被告車が追突した事故である。右追突により、被告車前部が原告車の後部に潜り込み、両車が一体となつて〇・九メートル前進し、停止した。同追突により、原告車には、後部バンパー、高さ三九ないし五〇センチメートル打突、マフラー打突曲損の損傷が生じ、被告車には、前部バンパー、ボンネツト、高さ四七ないし七〇センチメートル打突凹損、右ウインカーレンズ破損の損傷(ラジエターまで押込みが生じた。)が生じた。その結果、原告は、頸部が鞭打ち状態となり、腰部も強く打撃を受け、受傷した。

原告は、本件事故により、外傷性頸部症候群、腰部挫傷、内耳振盪症等の傷害を負い、五四日間の入院、実通院日数二三八日を超える通院を余儀なくされ、治療を中止した平成五年三月三一日以降も、頸部、胸腰椎部に軽度の運動障害、疼痛、右下肢のしびれ、牽引痛、高度の耳鳴りの後遺障害を残している。

レントゲン写真、MRI写真にみられる原告の頸椎、腰椎などの変形自体は、本件事故により招来されたものではないが、原告の右症状は、同事故に起因して惹起されたのである。

したがつて、原告の症状・障害と本件事故との間には相当因果関係が認められる。

(被告の主張)

本件事故状況、原告車の変形状況により、被告車が原告車に衝突した時の速度は、時速約二三・五キロメートル、原告車に生じた加速度は、二・二七G程度と推定され、人体実験や他の追突データと比較して、原告の頸部・腰部に医師の治療を要し、日常生活に支障を来すような傷害が生じたとは考えられない。

仮に考え得るとしても、右各症状は、いずれも自覚症状のみであり、頸腰椎のレントゲン写真上も異常はなく、神経学的所見は認められない。したがつて、経過観察の必要があつたとしても、外傷性頸部症候群については、レントゲン写真やMRIから、変形性頸椎症、頸部椎間板症と診断されるべきものであり、せいぜい一週間程度の入院、三週間程度の通院で十分である。また、腰部挫傷については、痛みの数日後に出現し、かつ、レントゲン写真、MRIから、せいぜい一週間程度の外来通院で十分であり、入院の必要は全くない。さらに、内耳振盪症の疑いについては、病名自体から事故と関連した長期、器質的なものでないことは明らかであり、せいぜい一週間程度の通院で十分である(付言すると、原告の入院期間中の治療内容は、薬剤、湿布、点滴が中心であり、一日に一回しかない検温にさえ、不在、外出が多いことからみても、入院の必要性はなかつたというべきである。)。

なお、原告は、後遺障害一四級に該当すると主張するが、右症状が後遺障害に該当しないことは、右に述べたことから明らかであり、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)における事前認定の結果も非該当であつた。

2  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙計算書のとおり)

(被告の主張)

前記諸点に照らすと、本件における損害賠償額は、治療費一五万円、休業補償四一万三一〇〇円、慰謝料一五万円程度に限定されるべきである。

第三争点に対する判断

一  原告の受傷の有無

1  事故態様等

前記争いのない事実に証拠(甲一五の2、乙三、原告、被告)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙図面のとおり、交通閑散な市街地にあり、東西に通じる片側二車線(片側幅員は、路側帯を含め約八ないし八・一メートル)の道路上にあり、また、北方に通じる幅員約八メートルの道路との信号機により交通整理の行われている交差点の東詰横断歩道付近にある。本件道路は、制限速度が時速五〇キロメートルに規制され、駐車禁止であり、夜間でも照明のため明るく、道路の見通しは良好であり、路面は平坦であり、アスフアルトで舗装され、本件事故当時、乾燥していた。

被告は、被告車を運転し、本件道路を東進中、別紙図面〈1〉で同〈ア〉にいた原告車を見て時速約二〇数キロメートルに減速したが、煙草の火を消すため、下を見ながら運転していたところ、約二四・四メートル進行した同〈2〉で約三・三メートル前方の同〈イ〉にいる同車を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、同〈3〉で既に停止していた同車に追突し、自車前部を原告車後部に潜り込ませ、同車を約〇・九メートル前進して停止させた。右追突により、原告車には、後部バンパー高さ約三九ないし五〇センチメートル打突、マフラー打突・曲損の、被告車には、前部バンパー・ボンネツト高さ四七ないし七〇センチメートル打突・凹損、右ウインカーレンズ破損、小破(ラジエターまで押込みが生じ、交換を要した。)の各損傷が生した。

2  治療経過

(一) 証拠(甲三ないし一〇、一二の1ないし3、二四、二九ないし三一)によれば、原告は、本件事故により、本件事故日、加納病院に通院し、外傷性頸部症候群、頸部挫傷の傷害を受け、平成四年五月一一日から平成四年七月三日までツヂ病院に入院(五四日)し、平成四年七月四日から平成五年三月三一日まで同病院に通院(実通院日数二〇八日)し、また、両軽度感音難聴、両耳鳴の傷害を受け、平成四年六月七日から平成五年三月二三日まで城北病院に通院(実通院日数二六日)し、その後、検査のため、大阪市大附属病院に四回通院したことか認められる。

(二) 後掲の各証拠によれば、ツヂ病院での具体的治療経過は、次のとおりである。

(1) ツヂ病院への入院中の治療経過(甲一八の1ないし4)

原告は、本件事故の二日後から同病院に入院し、治療を受け始め、項部から背部、後頭部にかけ、痛みが強くなつたと訴え、痛みのため、項部可動域が全方向に制限があり、腱反射の亢進があるが、しびれはなく、C第五・第六の椎体前面に若干の変形がみられ(平成四年五月一一日)、吐き気はないが、頸部・背部痛のため、約一週間の入院安静加療を要すとの診断を受け(同月一二日)、四肢のしびれはないが、頸部・背部痛を訴え(同月一三日、一五日、一六日)、頸部・背部痛及び耳鳴のため、さらに約一週間の入院加療を要すとの診断を受け(同月二〇日)、その後、頸部痛・耳鳴を訴え(同月二九日、三〇日、同年六月三日)、MRI検査を行つたところ、頸椎第五・第六間の左側にヘルニア又は棘が認められ、椎間孔の狭小化がみられ(同月二六日)、耳鳴が持続したまま、同年七月三日、退院した。

(2) ツヂ病院への通院中の治療経過(甲一九)

原告は、退院後も、耳鳴を訴え(同年七月六日)、また、腰痛を訴え始め(同月七月七日ないし九日)、頸部痛は増悪したが、腰痛は軽減したと述べ(同月一〇日)、MR検査の結果、腰椎第五・仙椎間に変性と膨隆がみられ、ヘルニアがあり、椎間孔の狭小化もあるとされ(同月一三日)、腰部痛、項部痛を訴え(同年八月三日、五日)、ラセーグ徴候が右七〇度と陽性であり(同月五日)、その後も、頸部・背部痛、腰痛、耳鳴が続き(同月二四日、同年九月三日、一四日)、心窩部痛を訴え(同月七日、二一日)、MR検査の結果、頸椎第五・第六椎骨が変性し、扁平化し、神経孔の狭小化がみられ、同変化は左側で強いが、ヘルニアの所見は認められず、また、腰椎第五・仙椎は背側で突出しており、ヘルニアそのものは認めないが、後方に偏倚しており、椎間板ヘルニアの疑いはあるとされ(同月二四日、二五日)、全身の関節痛がみられ(同年一〇月一四日)、腰痛、頸部痛を訴え(同月二六日、同年一一月五日)、両肩凝りが増悪し(同月二六日)、全身の倦怠感があり、夜間四時間しか眠れないと訴え(同月三〇日)、その後も、頸部痛、腰痛、耳鳴に変化はみられなかつた。

3  原告の受傷・後遺障害の内容、程度に関する専門家の意見等

(一) 日本交通事故鑑識研究所工学士大慈彌雅弘による鑑定書(私的鑑定書、乙三)

「原告車の後面部の写真を見ると、リヤバンパーに軽微な押込みが観察される程度である。修理見積書をみると、リヤバンパー一式、右コンビネーシヨンランプASSY、テールパイプ等を交換し、ボデイーロアバツクパネル、リヤーパネル、サイドメンバ等の軽微な板金が主な修理内容である。しかし、衝撃力が大きい時に変形が波及するリヤーフエンダーの修理はされておらず、シヨツクや車体の歪みなどで破損しやすいリヤー・コンビネーシヨンランプASSYのレンズ類の破損は写真からは観察されない。他方、被告車の変形破損状況は、被告からの電話聴取によると、ラジエターまで押込みが生じ、フードからフエンダーまで交換したとのことである。おそらく、原告車に衝突する直前に急ブレーキによるノーズダイブが生じ、同車のリヤーバンパー下部に潜り込みを生じたと考えられる。この場合、衝突面がずれるため、見かけ上の変形・破損が大きくなる。

以上の車両の変形・破損状況から、被告車の実効衝突速度(対固定壁換算速度、車両をコンクリート製の固定壁に衝突させた時の、変形・破損の程度と、速度の関係から求めた、換算速度)は、日本自動車研究所研究速報四二号等に掲載されている実験結果に照らし、時速約一〇キロメートルと考えられる。したがつて、被告車が原告車に衝突した時の速度は、最大に見積もつて時速二三・五キロメートルと推定され、また、加速度は約二・二七Gと推定される。

走行中に急ブレーキをかけた時に身体が前のめりになるが、このとき車体に生じる加速度はおよそ〇・九Gであり、遊園地におけるループコースター、ブーメランに生じる加速度が三ないし六Gである。また、本件の場合、被告車(九八〇キログラム)の方が原告車(一三二〇キログラム)より重量が軽く、衝撃時の反作用により受ける加速度は、被告車の方が強くなるか、被告の身体に傷害はない。原告の頸部・腰部に医師の治療が必要ないし日常生活に支障を来すような傷害は考えられない。」

(二) 日本交通事故鑑識研究所工学士大慈彌雅弘による回答書(私的鑑定書、乙五)

「車両の変形状況から推定する速度の信頼性は、実車を使つた衝突実験は、自動車メーカー全体では一年間に数千台、他の研究機関でも数百台の車両を使つた実験を行つており、他の手法に比較して高いと考えられる。原告車に生成されたボデイー・ロアバツク・パネルやリヤーパネル、サイドメンバーにまで変形が及ぶ速度は、後面衝突実験結果のデータに記載してあるとおり、有効衝突速度が時速約七・七キロメートルの時に変形が発生すると記載されている。本件では、過小評価しないために最大に見積もつて時速約一〇キロメートルと定めた。

また、実況見分調書に記載された衝突後の移動距離である〇・九メートルから、原告車の衝突後の速度を求めると、時速約八・二八キロメートルとなり、右速度が生ずるための被告車の衝突速度は、時速約一六・五キロメートルとなる。

大慈彌鑑定では、二車両の変形・破損状況を観察し、鑑定人が行つた実験や、池の研究機関から入手している衝突実験データと比較して、被告車が原告車に衝突した時の速度を約二三・五度と推定した。」

(三) 平成五年四月六日付けツヂ病院鎌谷正博医師作成の後遺障害診断書(甲六)

「平成五年三月三一日、症状が固定し、自覚症状として、項部痛、腰痛、頸部運動の右屈時の疼痛、右下肢のしびれ、牽引痛があり、上記症状は、寒冷時に増強する。MRI検査によると、第五・第六頸椎椎間板の変形・扁平化、第六・第七頸椎椎間板の変性、第五腰椎・第一仙椎間の椎間板ヘルニアがあり、握力は、右四八キログラム、左五五キログラムであり、ラセーグ徴候は右七〇度、左四五度であり、陽性である。頸椎部は、前屈二八度、後屈三〇度、右屈一九度、左屈二四度、右回旋五九度、左回旋五一度、胸腰椎部は、前屈三六度、後屈二二度、右屈一六度、左屈二〇度、右旋一五度、左旋二四度であり、経過から考え、症状の軽減は困難と考えられる。」

(四) 平成五年三月二三日付け城北市民病院耳鼻咽喉科長寛正医師による後遺障害診断書(甲九)

「平成五年二月二四日、症状が固定し、両軽度感音難聴、両耳鳴により、自覚症状として、耳鳴が高度に生じ、大阪市立大学医学部耳鼻咽喉科における耳鳴検査の結果、四〇〇〇ヘルツで、右五〇デシベル、左四五デシベルの耳鳴があつた。また、オージオグラムによる検査結果は、平成四年六月七日が右三三・八デシベル、左二八・八デシベル、同年八月五日が右二五デシベル、左三一・三デシベル、平成五年一月一九日が、右二六・三デシベル、左二五デシベルであつた。」

(五) 平成六年一一月一八日付け近畿大学医学部巽信二医師による回答書(甲二〇の1、2)

「外傷性頸部症候群の診断は、情況、自覚症状、神経学的検査並びに頸部レントゲン写真の異常所見より診断したと思われ、腰部挫傷の診断は、情況並びに自覚症状により判断された(ただし、確定診断は、MRI検査)と思われる。また、内耳振盪症は、情況並びに自覚症状、他覚的(聴力)検査により判断されている。

外傷性頸部症候群につき、カルテの記載並びにレントゲン写真の所見により、頸部単純撮影で、頸椎第五・第六間に変形がある。MRIでも第五・第六間に左側後方に椎間板ヘルニアがある。腰部挫傷に関し、神経学的検査で右側のヘルニアがあり、MRIで第五腰椎、第一仙骨間にヘルニアがあるとの所見がある。内耳振盪症については、診療録上、高音性難聴の聴力検査所見の記載がある。

原告が加療を受けている間、自動車運転者として就労することは、不可能であつたものと思われる。」

(六) 平成七年二月二三日付け東京海上メデイカルサービス株式会社佐藤雅史医師作成の意見書(乙一〇)

「本件事故と〈1〉外傷性頸部症候群、〈2〉腰部挫傷、〈3〉内耳振盪症疑いとは、因果関係があると推定される。

〈1〉に関しては、他覚的所見がなく、一週間の入院、三週間の通院で十分であり、それ以降は、変形性頸椎症、頸部椎間板症として加療すべきであり、長くとも三週間の入院、三か月の通院を超えるべきではない。治療内容は、一日一回しかない検温にも不在が多い状態で、薬剤、湿布、点滴が続けられ、神経学的記載もない状態で漫然と繰返されており、妥当とは言い難い。〈2〉に関しても、他覚的所見はなく、痛みも数日して出現し、かつ、レントゲン写真、MRIでの変形性腰椎症、腰部椎間板症(ないしは腰部椎間板ヘルニア)と診断し得るのであるから、一、二週間の外来通院で十分であり、入院の必要はない。〈3〉に関しては、病名から本件事故と関連した器質的なものは否定され、その上、疑いであるから、一~三週間の通院で十分である。

妥当な入院期間を除き、原告の就労に支障はなかつたと考える。」

(七) 当法廷におけるツヂ病院医師証人鎌谷正博医師の証言

「原告は、初診時、頸部の運動(特に後屈)制限があり、その後、バレレウ症候群と思われる耳鳴りが生じた。最終的には、右屈が一九度、二四度であり、多少の制限が残存した。平成四年九月二五日のMRI検査によれば、頸椎の第五・第六間に変性ないし扁平化が見られ、骨棘形成、神経孔の狭小化が見られ、変化は左側で強いとされている。同月二四日のMRI検査によれば、第五腰椎・第一仙骨間で椎間板が背側に突出し、硬膜嚢(神経を包んでいる袋状のもの)が左方かつ後方に片寄つているとされている。

原告の症状は、変形性頸椎症、椎間板症の症状と同一であるが、本件事故が契機となつて発症したと考えられる。原告を五四日間入院させていたのは、城北市民病院から感音性難聴の治療のため、低分子デキストラン(内耳の循環を良くするための薬剤)を注射して様子をみるよう指示があつたこと、また、症状が改善しなかつたため経過観察を続けていたことによるものである。」

4  当裁判所の判断

(一) 前記認定の事実によれば、本件事故は、被告車が時速約二〇数キロメートルで原告車に追突し、自車前部を原告車後部に潜り込ませ、同車を約〇・九メートル前進して停止させたものであること、原告は、本件事故により、本件事故日、加納病院に通院し、外傷性頸部症候群、頸部挫傷、両軽度感音難聴、両耳鳴の傷害を受け、平成四年五月一一日から平成四年七月三日まで入院(五四日)し、その後、平成五年三月三一日まで通院(実通院日数二三八日)し、同日、症状が固定し、自覚症状として、項部痛、腰痛、頸部運動の右屈時の疼痛、右下肢のしびれ、牽引痛、ラセーグ徴候陽性、頸椎運動制限、両軽度感音難聴、両耳鳴の後遺障害が残存したこと、原告には、頸椎の第五・第六間に変性ないし扁平化が見られ、骨棘形成、神経孔の狭小化が見られ、変化は左側で強く、第五腰椎・第一仙骨間で椎間板が背側に突出しており、かかる身体的素因が潜在的に存したため、本件事故により、前記症状が発症したと考えられること、原告が五四日間入院したのは、感音性難聴の治療のため、低分子デキストラン(内耳の循環を良くするための薬剤)を注射して様子をみる必要があつたためであることなどが認められる。

したがつて、原告の前記治療(入院を含む。)、症状、障害と本件事故との間には、相当因果関係があると認められる。

もつとも、原告には、従来から頸椎、腰椎に骨棘形成、神経孔の狭小化、椎間板の突出等の身体的素因があり、本件事故が契機となつて、右身体的素因から生じ得る症状、障害が顕在化したと解されるから、本件事故により生じた全損害を被告に負担させるのは損害の公平な分担の理念に照らし相当ではない。そこで、過失相殺の規定を類推し、前記諸事情を勘案の上、本件事故により生じた損害から三割を減額するのが相当である。

(二)(1) なお、前記のとおり、大慈彌雅弘は、被告車が原告車に追突した時の速度は、最大に見積もつて時速二三・五キロメートルと推定され、また、加速度は約二・二七Gと推定されるとしつつ、志願者による実験結果等の報告例及び本件の場合、被告車(九八〇キログラム)の方が原告車(一三二〇キログラム)より重量が軽く、衝撃時の反作用により受ける加速度は、被告車の方が強くなるが、被告の身体に傷害はないことなどから、原告の頸部・腰部に医師の治療が必要ないし日常生活に支障を来すような傷害は考えられないとしている。

しかし、右鑑定は、原告車・被告車の衝突部位、変形状況を写真により観察し、そこから衝突速度を求め、運動力学上の推測値を求めるとの手法でなされたものであるが、写真による観察は、現物を子細に点検した場合と比較し、精度的に劣る上、いかなる速度で衝突した場合にどの程度の変形が生じたかを比較する資料自体、原告車・被告車と車種、構造、部品の強度等が必ずしも同一とは言い難い。しかも、運動力学上の数値を厳密に算定するとすれば、衝撃加速度の他、前後の屈曲角、負荷トルク、追突係数、支点の位置、力の方向を個別的に判定し、算定すべきであるのに、それらがなされた形跡はない。また、志願者による実験結果も国籍、性別、年齢、体格、身体的素因の有無、乗車姿勢等がいかなるものであつたかは必ずしも明らかではなく、少なくとも追突を意識し、かつ、覚悟した状況での身体に及ぼす影響と、そうではない場合とでは、かなりの相違があることが予想されるのであり、これらに、右鑑定が採用した被告車の時速二三・五という速度自体、当然に無傷を予想させるような低速とは解し難いことを合せ考慮すると、右鑑定はにわかに採用できない。

(2) また、佐藤医師は、本件事故と外傷性頸部症候群、腰部挫傷、内耳振盪症疑いとは、因果関係があると推定しつつ、長くとも三週間の入院、三か月の通院で十分であり、それ以降は、変形性頸椎症、頸部椎間板症によるものであり、妥当な入院期間を除き、原告の就労に支障はないとの意見を述べている。

しかし、右入院・通院期間は、同種むち打ち症の治療に要する同医師の一般的見解を示したものにすぎず、原告を直接診察した結果によるものではない上、原告にみられるラセーグ徴候が陽性であり、頸椎に運動制限があり、両軽度感音難聴、両耳鳴が生じたことへの分析・考察をほとんど欠いており、また、一定の期間は本件事故による症状が生じたとしながら、同一部位におけるその後の症状について、変形性頸椎症、頸部椎間板症によるものであり、同事故とは無関係であると断定する論拠自体不明であり、採用できない。

(3) したがつて、これらの証拠は、信用できず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

二  損害

1  治療費(主張額三六万九六六〇円)

原告が、治療費として、ツヂ病院分として二七万四四九五円、城北市民病院分として四万七七一〇円、大阪市立大学附属病院分として一万〇三二〇円、加納病院分として三万五〇八五円(合計三六万七六一〇円)を負担したことは当事者間に争いがない。その余の原告の主張額については、これを認めるに足る的確な証拠がない。

2  入院雑費(主張額七万〇二〇〇円)

原告が五四日間入院したことは前記のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、一日当たり一三〇〇円の雑費を要したことが認められるから、入院雑費は、右額となる。

3  通院交通費(主張額一二万三七六〇円)

前記のとおり、原告は、少なくとも二三八日間通院したことが認められるところ、証拠(甲三二、原告)によれば、原告は、ツヂ病院への合計二〇八回の通院に当たり、地下鉄運賃として往復五二〇円の、城北病院への二六回の通院に当たり、地下鉄運賃として往復五二〇円の、大阪市大附属病院への四回の通院に当たり、地下鉄運賃として往復四〇〇円の各費用を要したことが認められる。したがつて、通院交通費は、一二万三二八〇円となる。

4  休業損害(主張額八七〇万円)

証拠(乙七、原告)によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和二三年八月三一日生)は、中学校卒業後、昭和六三年七月二一日、一二三治療院マツサージを実質上開設した。マツサージ師の資格を有していなかつたことから、開設者の表示は、当初は、同資格を有する岩井某とし、その後、平成二年ころから岩井弘(以下「岩井」という。)としている。同治療院の営業内容は、営業時間が午後六時から翌朝六時までの一二時間であり、従業員は、あんまマツサージ師二〇前後、運転手数名、受付・事務員二名であり、治療マツサージ、指圧療法、ハリ鍼灸、小児ハリ、オイルマツサージ、カイロプラクテイツクであり、その営業形態は、出張マツサージ治療が九五パーセント、来店治療が五パーセントであり、治療料金は、近郊への出張マツサージが一時間四八〇〇円ないし五三〇〇円程度であつた。

原告は、マツサージ師の資格は有しておらず、マツサージ師の現地派遣ための送迎、客の苦情処理等経営管理を主たる仕事としていた。マツサージ師の送迎は、一日十数名のマツサージ師を三台の車両で一晩五〇ないし七〇箇所にピストン送迎を繰り返していた。

原告は、自動車によるマツサージ師の送迎及び経理計算事務の継続のため、平成四年五月一一日から平成五年三月三一日までの間、代替労働者を雇い、合計八七〇万円を支払つたと主張し、その裏付けとして賃金台帳(甲二一)を提出する。

しかし、原告が提出する右書証(甲二一)における代替労働者である岩井は、もともと一二三治療院の開設者として名前を貸していた人物であり、また、平成四年五月は同月一一日から岩井を雇つたとされており、稼働日数がかなり少ないにもかかわらず、他の月同様、同人に対し基本給として五〇万円(さらに、管理手当として三〇万円)を支払つたとされており、不合理であること、しかも、同賃金台帳自体、平成四年二月までは岩崎某が、同年三月からは水澤某が月末に記帳したとされている(原告二回目)のに、両月の筆跡は酷似しており、不自然であつて、原告が供述するように、月末ごとに記帳されたものか疑いが生ずることなどを考慮すると、右賃金台帳に記載された数値を措信することはできないというべきであり、岩井に対し、原告主張のような金員を交付したか否か自体に疑問が生ずるといわざるを得ない。

ところで、前記争いのない事実及び証拠(原告)によれば、同原告は、本件事故当時四三歳であつたことが認められること、同事故の年である平成四年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の四〇歳から四四歳までの平均賃金が六四七万六四〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であること等を考慮すると、同原告の年収は少なくとも右平均賃金を下回らなかつたものと認めるのが相当である。

前記のとおり、原告は、本件事故日、加納病院に通院し、外傷性頸部症候群、頸部挫傷の傷害を受け、平成四年五月一一日から平成四年七月三日までツヂ病院に入院(五四日)し、平成四年七月四日から平成五年三月三一日まで同病院に通院(実通院日数二〇八日)し、また、両軽度感音難聴、両耳鳴の傷害を受け、平成四年六月七日から平成五年三月二三日まで城北病院に通院(実通院日数二六日)し、その後、検査のため、大阪市大附属病院に四回通院したこと、原告は、平成五年三月三一日、症状が固定し、項部痛、腰痛、頸部運動の右屈時の疼痛、右下肢のしびれ、牽引痛があり、ラセーグ徴候は右七〇度、左四五度であり、陽性であり、頸椎部に、右屈の制限があり、両耳鳴により、概ね三〇デシベル程度の聴力障害を残し、症状が固定したことが認められる。

右経過をもとに原告の労働能力喪失の程度を判断すると、原告は、本件事故後、本件事故後入院中及びその後しばらくの間である約二か月間は、労働能力を完全に喪失し、その後、約八か月間は、平均して、その五〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である(症状固定までの期間は、正確には一〇か月と約三週間ゆえ、端数が生じることになるが、この点は、喪失率の評価に折込済みである。)。

したがつて、原告の休業損害は、次の算式のとおり三二三万八二〇〇円となる(一円未満切り捨て、以下同じ)。

6476400÷12×(2+0.5×8)=3238200

なお、原告の後遺障害は、運動制限、耳鳴はさほどのものではなく、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、後遺障害による逸失利益が生じた形跡もうかがえず、神経症状も現時点での主訴が乏しく、比較的軽微であると解されるから、自賠法施行令二条別表所定の後遺障害に該当するとは認め難いが、相応の後遺障害は残存すると解されるので、この点は、後記慰謝料において斟酌することとする。

5  慰謝料(主張額入通院慰謝料一一六万円、後遺障害慰謝料七〇万円)

本件事故の態様、受傷内容、治療経過(入院五四日、実通院日数二三八日)等、本件に現れた諸事情を考慮すると、入通院慰謝料は一一六万円、後遺障害慰謝料は四〇万円が相当と認める。

6  小計

以上の損害を合計すると、五三五万九二九〇円となる。

三  損害の填補及び弁護士費用

1  右損害につき、前記のとおり、素因による減額(第三、一、4)の上当事者間に争いのない損益相殺(第三、一、3)をすると、別紙計算書記載のとおり三二三万一九七三円となる。

2  本件の事案の内容、本件事故後弁護士を依頼するまでの時間的経過、認容額等一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は三二万円と認められる。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、別紙計算書のとおり、三五五万一九七三円及びうち弁護士費用を除いた三一三万一九七三円に対する本件不法行為の日である平成四年五月一〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 〈省略〉

計算書

〈省略〉

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